第3.4節 相互添削の相乗効果と新学習指導要領
2017年度このようにScrapboxを導入したことで、ゼミにおけるITの使い方が質的に転換した。前年度までは各回のゼミで学生が作成して配布するハンドアウト(いわゆる「レジュメ」)をPDFファイルにして「サイボウズLive」〈注29〉で共有していた(紙にはプリントしない)。しかしそれは、クラウドサービスを使っていながら、事実上、PDFファイルの共有と情報共有という単純な用途にしか利用していなかったのである。 それに対してScrapboxはゼミ運営の全面的なバックボーンとなっている。その使われ方は多様である。
学生が「書いて考える」キャンバス
資料を収集・共有するキャビネット
論述や起案を共有する通信メディア
報告者が配布するハンドアウト(レジュメ)
プレゼンテーションを行うスライド
共同研究のブレインストーミングを行うホワイトボード
ゼミの進捗を記録するノート
協議を進めるチャット
各種の掲示によるアナウンスメント
原稿を執筆する答案用紙
シンプルであるがゆえに、Scrapboxが担う機能は多様であり、多用途である。従来、用途ごとに異なるツールを使っていた諸機能がScrapboxにまとまることで求心力が高まり、学生たちがScrapboxに「滞在」して作業を行う時間が増えるのだ。
すべてがScrapboxにあるから、学生たちはいつもそこで活動する。透明性が高く、諸活動が他のメンバーや教員から可視化され、またテロメア等によるタイムスタンプやStreamによって活動の履歴も残る。アクティブ・ラーニングを促進する環境としての高い適性を有しており、旧来の各種「グループウェア」に比してより大きな自由度と柔軟性があって、さながら「groupsphere」ともいうべき「場」ないし「空間」を提供している。
そのようなScrapboxであるから、ゼミ運営に利用するメリットは多岐にわたる。ドラゼミを中心としてメリットを挙げ、それぞれ新学習指導要領にいう「主体的・対話的な深い学び」とのつながりを指摘しよう。
メンバー全員がいつでも見ることができる環境で書くことによって、人に読んでもらう文章を書く、読まれることを意識して伝わる表現を心がける、読む相手を想定して書く、社会に対して責任を持って発信するといった姿勢が身につく。
学生が手書きで起案した場合、直後に答案用紙のスキャン画像を全員でシェアすることによってすぐに互いの内容を参照し検討を開始できる。
起案したその日のうちにテキスト化すると自分の論述を振り返る機会を当日中に持つことにより「主体的な学び」が始まる。
答案のスキャンとテキストを全員にシェアするから次回のゼミまでの1週間、個々の学生が自分の都合のいい時間に開いて読み、コメントを書き込むことで「対話的な学び」が始まる。
タイピングで起案する場合Scrapbox上に直接書くので、書いている状況をリアルタイムで教員や他のメンバーが見ることができる。
過去に遡って各メンバーの起案を見ることができるので、論述力のある先輩が過去に書いた起案を読むことができ、その成長の足跡をたどれる。
自分と異なる見解の答案を複数読むことにより、疑問がわき、問題文を読み込み、条文を深く解釈し、資料を調べるといった「主体的な学び」が展開する。
文字でコメントし、それに対して文字で回答するというやりとりによって議論が明確化されて深まり、「対話的な学び」が発展する。
文字で議論をしていると実際に会って話す欲求が高まり、ゼミの時間外にも学生同士、自主的に都合を合わせて頻繁に会って議論するため「主体的・対話的な学び」が進展する。
実際に会うことができない場合にも「対話」欲求からZoomやSkypeを使って対面で口頭の議論をしつつ互いのScrapboxの答案に基づいて問題の検討を進めるので、時間と空間を超えた「主体的・対話的な学び」が展開する。
複数の学生の見解から多角的に検討し、学生同士でよく議論した末に自分たちでは解決困難な問題に行き当たってから教員に対して質問を発するから、その質問内容は具体的かつ深遠であり、学生たちの力で「深い学び」を掘り下げてゆける。
学生の質問に対して教員がさらに本質的な問いや見解その他アドヴァイスを提示することにより、「深い学び」がより深化する。
一人の論述に対する教員のコメントを全員が読むから、教員は同じ指摘を繰り返さずに済む。
MacやWindows PCのみならず、すべての学生が常時持ち歩いているiPhone/iPadなどの携帯端末で、時間と場所を問わず添削やコメントによってゼミに貢献できる。
Streamによって学生たちのパフォーマンスを教員とすべてのメンバーがいつでも観察できる。
テロメアによって段落ごとの最終編集日時が明確。
明示的に日時を記録する場合は、control+tによってタイムスタンプを押せる。
control+iによってアイコンを記すことにより、発言者(書き込み者)が明示される。
このように論述指導にScrapboxを使うメリットは多岐に渡り、「主体的・対話的な深い学び」を実現する環境としてもScrapboxの利用が奏功しているのだ。
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29) サイボウズ社が運営する無料のグループウェア。2019年4月15日をもってサービスを終了することがアナウンスされている。